サリドマイドの例に見られるように、医薬品には実像と鏡像の関係、すなわち右手型と左手型の分子が存在することが多く、片方の鏡像異性体が望ましい薬理作用を示す一方で、他方の異性体が重篤な副作用を発現することがあります。通常の化学反応ではラセミ体と呼ばれる両方の異性体の１対１混合物が生じるため、医薬品開発研究では、必要な鏡像異性体のみを合成する高度な技術が求められます。
赤井周司教授らのグループは、右手型と左手型の異性体を相互変換できる独自のラセミ化触媒を創製し、これと加水分解酵素リパーゼとを同時に用いる動的速度論的光学分割法を開発してきました。この方法は、ラセミ体を一つの鏡像異性体に100%変換できます（詳細は下記の研究室HPをご覧ください）。この度、堀野聡志さん（博士後期課程１年生）らは、ラセミ体の化学構造に工夫を凝らすことで、同じラセミ体原料から右手型と左手型の両方の鏡像異性体を思い通りに、ほぼ100%で作り分ける方法を開発しました。本法は実験操作が安全かつ簡便であり、医薬品開発研究など幅広い利用が期待されます。
この研究成果は2022年10月20日、Chemistry—A European Journalに掲載され、また同誌の表紙を飾りました（図１）。

論文情報
雑誌名: Chemistry—A European Journal
論文名: Enantiodivergent Chemoenzymatic Dynamic Kinetic Resolution: Conversion of Racemic Propargyl Alcohols into Both Enantiomers　
著者: Satoshi Horino, Tomoya Nishio, Shinji Kawanishi, Shinya Oki, Koichi Nishihara, Takashi Ikawa, Kyohei Kanomata, Karla Wagner, Harald Gröger, Shuji Akai
巻号年：28巻，60号，2022年
ページ： e202203161