同窓会報告
投稿のお勧め
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同窓会を開催されましたら、下記の投稿規定に沿ってご報告ください。
皆様の投稿をお待ちします。
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2017年10月14日 21期ミニ同窓会開催(東京)

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2017年10月14日、過門香・點(Ten)東京有楽町イトシア店にて、21期ミニ同窓会を開催しました。
2013年から大阪で毎年春に開催するミニ同窓会がきっかけとなり、昨年から東京でも同様の会を開催するようになりました。今回は西川諭さんと内藤(柿元)恭子さんのお世話で、19名が集まりました。東京近郊は勿論、九州、四国、近畿から多数の参加もあり盛会となりました。
来春は4月14日か21日に武野が幹事となり大阪堂島の“がんこ”で開催します。原則E-mailで連絡することにしていますから、薬友会同窓生名簿にE-mailアドレスを掲載されていない21期同窓生の方で次回の案内がほしい方は是非とも武野(hide.takeno@nifty.com)までご連絡下さい。
(武野秀一)


2017年9月10日 27期製薬化学科同窓会開催

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2017年9月10日(日)13時より大阪大学中之島センター9F 交流サロンで4年ぶりに製薬化学科27期生の同窓会を開催しました。
参加者は12名、内訳は男性4名、女性8名、地元大阪府が6名、京都府2名、神奈川県1名、茨城県1名、富山県1名。高知県1名と遠方からも参加してくださいました。常連の方が多いですが、卒業後初めてお会いする方もあり、とても懐かしい顔ぶれでした。 各々還暦を迎え、第一線で御活躍の方、定年になり再雇用で勤務されている方、第一線を退き第二の人生をエンジョイされている方などいろいろですが、「60代はまだまだ体力的に元気だから、旅行や趣味など楽しんでいきたいね」とおしゃべりの花が咲きました。
薬学部教授の土井先生からは、薬学部6年制になって10年、現状やこれからの方針などについてのお話もありました。製薬化学科27期生のメーリングリストがあるのですが、これからはSNSの時代、佐藤(多胡)様のご尽力でその場でLINEグループを設定していただき、同窓会参加者をグループに招待。あっという間の2時間でした。
次回の幹事(柴原様、原様)も決定し2~3年後には開催予定ですが、「これからは同窓会だけではなく、集まれる人たちだけでも機会あるごとに集まろう。LINEやメールで情報交換しながら、まずは来年の天神祭に集まりましょう」と話が盛り上がりました。
2次会でもLINEで同窓会の写真が共有され、同窓会翌日の今日もどんどんLINEでメッセージやスタンプが飛び交っています。 これからは、もっと皆様と集まれる機会が増えればと思っています。
(河合 佐起子)


2017年6月10~11日 17期 万葉を愛する会 愛知・三重の旅



10年目を迎えた「17期 万葉を愛する会」の旅は、6月10日、10名が東京・大阪・名古屋より豊橋駅に集合し、愛知県と三重県の
万葉と歴史の旅に出立した。
まず、持統上皇の三河など東国行幸の故地である引馬神社(豊川市)を訪れた。
★引馬野に にほふ榛原 入り乱れ 衣にほはせ 旅のしるしに(万葉集 57)
歌は同行した官人の詠んだもの、碑は斎藤茂吉の揮毫による。上皇の行幸は壬申の乱の後30年を経て、天武天皇・持統天皇による 中央集権国家樹立が安定期に入り、乱の論功行賞を行うためのものであった。
その後JR、近鉄を乗り継ぎ四日市市の富田駅へ向かう。壬申の乱を起こすにあたって、大海皇子(天武天皇)が天照大神に戦勝を 祈願した故地「天武天皇迹太川(とおがわ)御遥拝所跡」を訪れ、続いて松原の聖武天皇社では氏子の方からお話を伺った。 この日の宿泊は四日市駅前の都ホテル。話が弾んで夜の更けるのを忘れる程であった。
翌朝、まず杖衝坂(つえつきざか)へ。油断して伊吹山の神に負けたヤマトタケルが杖を突きながら登った坂。東海道の難所で、
芭蕉も歩くのに難渋して次の句をよんだ。
★歩行(かち)ならば杖つき坂を落馬かな(笈の小文)
ヤマトタケルを偲んで心乱れたのであろうか、季語を入れることもできなかったと嘆いている。
一昨年、松阪にほど近い多気郡明和町の斎宮跡に平安時代前期の建物群が再現された。伊勢神宮に仕える斎王の宮殿跡で飛鳥時代 から続く遺跡である。「万葉を愛する会」としては、斎王のなかでも初代の大伯皇女(おおくのひめみこ)を偲ばないではいられ ない。次の歌は謀反の罪で誅された弟・大津皇子を気遣う歌である。
★我が背子を 大和へ遣ると さ夜ふけて 暁(あかとき)露に 我が立ち濡れし(万葉集 105)
斎宮の近所には、国指定天然記念物「斎宮のハナショウブ群落」があり、一面に広がる紫の鮮やかな花菖蒲に心うたれた。
旅の終わりに松阪駅前で焼肉を賞味し、東西に別れて帰路についた。

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写真上(左)天武天皇迹太川(とおがわ)御遥拝所跡(右)聖武天皇社で /写真下(左)(中)杖衝坂にて(右)ハナショウブ群落

2017年4月22日 17期同窓会開催

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4月22日(土)ホテルグランビア大阪にて同窓会を開催した。17期の同窓会は不定期な開催であったが、還暦を過ぎてからは2年に一度開催するようになった。
まず、一昨年亡くなられた吉田耕治さんとこれまでの物故者に黙祷を捧げ、故人を偲んだ。その後、三浦貞彦さんの乾杯の音頭で賑やかに始まった。
今回は全員が古希を迎えた時期で、「祝古希」の節目の同窓会ということもあり、東京、千葉、岡山、三重など遠方から、さらには久しぶりに元気な顔を見せてくれた懐かしいメンバーの顔もあり、35名の参加者があった。中には古希ではなく傘寿や喜寿を迎える頼もしい同期生も交えての、楽しい・愉快な同窓会となった。
辻内源英さんの進行により、それぞれ近況を報告しあったが、定年後の第2の仕事、家庭事情などに加えて体調や健康に関する話題が多くなったのにはやはり改めて年齢を感じさせられた。また西村和夫さんから17期有志で催行している万葉旅行の紹介、北澤恵子さんからは薬友会の報告もあり、あっという間の3時間であった。次会も2年後の開催(次期幹事は西原亨さんと今西裕子さん)を決め、元気な再会を約した。
(五十嵐理慧)


2016年10月15日 16期同窓会開催

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梅田のいつもの場所の中華料理「ロドス」において、卒業後49年のクラスが開かれました。
この会は還暦を期に毎年開催することにして連続12回目の開催になっております。
当日は合計21名の参加がありました。初めての参加は深浦さんでした。昨年1月に亡くなった細見(杉浦)さんに黙祷を捧げて彼女のお話などが出ました。会を追うごとに会員がぽつりぽつり減る寂しさを経験 する年齢になったのだとしみじみ感じます。引き続き皆様の近況報告と昔話に花が咲きました。今後も皆様長生きをして時々は皆さんの顔を見に来てください。
(原田昌弘)


2016年11月20日 薬品分析化学講座同窓会(分析の会)開催

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昭和40年~50年初頭に薬品分析学講座に在籍し、当時助教授であられた由岐英剛先生にご指導頂いた同窓生17名が由岐先生ご夫妻を2年ぶりに大阪にお招きし、大阪ヒルトンウエスト6階のレストラン「燦」にて同窓会を開催しました。
山路さんの開会の挨拶の後、恩師由岐先生から米国大統領居住のホワイトハウスの思い出等興味深いお話をして頂いた後、古嶋さんの発声で乾杯をして歓談のひと時を過ごしました。参加者各人の近況報告や不参加者から報告されてきた近況報告から60歳代半ばから70歳代半ばの同窓生が今も何らかの形で社会で活躍されている様子、加齢に伴う持病とうまく付き合いながら人生を楽しんでおられる様子等が伺えました。
(17期 樋口貞夫)


2016年10月30日 17期・古希ランナーと古希応援団(第6回大阪マラソン)

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東京現住の中西俊秀氏が古希記念として第6回大阪マラソンにエントリーされ、4時間を大幅にきる成績(3時間48分)でフルマラソンを快走されました。関西在住の同期8名が応援隊を組んで横断幕などを用意し、4ヶ所でハイタッチ交換と声援をおくった。(京都大学の)山中伸弥先生とのデッドヒートにわくわくしながら、古希を過ぎたとは思えぬ快走にエール交換とパワー交感の応援を楽しんだ。終了後、「4分ほど負けた」と悔しがるが「相手は15歳も若いのだから」と快走を讃たえ、今後の同窓会予定などを話題に久々の談笑となった。3日後には「次の大会(12月に行われる、山口県の「防府読売マラソン」)の準備を始める」という元気さでした。(藤井 敏)


(ランナー中西俊秀氏からのコメント)

63歳で東京マラソンに当選してから走り始めてマラソンの面白さにハマり、その後、ボストン、防府マラソンなど計19回を全て完走(自己ベスト3時間24分)。今年10月に古希、しかも私の20回目となる記念のフルマラソンを、懐かしい大阪で走ろうと決めていましたが、抽選なしで70歳代の「市民アスリート枠」で走れることになりました。17期・万葉の旅の仲間にも応援を依頼したところ、大きな横断幕まで用意した8人の同期から熱い応援を受け、パワーをもらいました。応援を受けるたびに感激で疲れが吹き飛び、ペースが上がります。さすがに30kmを過ぎるとペースが鈍り、残念なことに38kmで京大の山中伸弥教授に離され更に失速。しかしゴール手前での仲間たちの大声援もあり、これまでで最も幸せなフィニッシュを果たせました。大阪は最高で感激の古希ランとなりました。(中西俊秀)


(後日、中西氏から追加報告)

大阪マラソンが終わって一ヶ月あまり経ち、年代別の順位が分かりましたのでご報告します。 70歳台前半の部(109人完走)で、なんと、2位でした!3位入賞が大きな目標でしたので驚きと嬉しさで一杯です。今回の目標「年代別上位入賞」を果たすことができました。皆さまの応援のお蔭と改めて感謝申し上げます。12/18には防府読売マラソンで走ります。今度はタイムを狙いたいものです。(中西俊秀)


写真上は、完走者が貰える「FINISHER!」のタオルを持つ中西くん(左から3人目)と応援団。

写真下左は難波、右は中間点大正橋を激走する雄姿です。

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2016年7月2日 43期 製薬化学科同窓会開催

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1991年入学(43期)の製薬化学科の25周年同窓会を2016年7月2日(土)17:00~20:00に梅田(名家 華中華 E-ma本店)で開催しました。参加者は埼玉県(2名)、茨城県、神奈川県からの来訪者も含め13名でした。
5年毎に開催している同窓会。話し方や考え方は出会った頃とほとんど変わらなくて、出会ってすぐに昔話に花が咲きました。近況報告タイムでは起業した、転職した、転勤した(海外、国内)、結婚したなどの声が挙がりました。急遽欠席となったクラスメイトの家業都合や育児都合などの理由を聞くにつけても、各人がそれぞれの人生を歩んでいることを感じました。
前回2011年は石橋、今回は梅田で開催した同窓会。次回2021年は関東在住者が増えていることから東京・品川・熱海あたりで開催しようという話も出ましたし、関東在住者にとって大阪弁を含めた大阪の空気に触れる貴重な機会であることから大阪で開催しようという話も出ましたが、具体的な開催日時・場所については2021年の早々にアンケートを実施する予定ですので、住所・メールアドレス変更などがありましたら幹事までお知らせください。
では、また5年後に元気でお会いしましょう。

(石川達也)

2016年5月21~22日 17期 万葉を愛する会  紀伊国周遊の旅



17期有志で構成する「万葉を愛する会」の旅も9年目となり、今回は関西の9名に東京在住の1名を加えた総勢10名が 近鉄 橿原神宮前駅に集合。マイクロバスで奈良県御所市から今木越えて五条市へ、そこから紀伊国の周遊へと万葉人の 足跡を辿った。
まず御所市では阿吽寺の巨勢(こせ)寺跡に犬養孝先生の揮毫碑を訪ねた。
☆ 巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を(万葉集 54)
五条で柿の葉寿司の昼食をとり、国道24号沿い橋本市真土の古道「神代の渡り場」へ。美しい渓谷を下りてゆくと古代人 が馬で渡ったという大きな二つの岩が清流の中にあった。古代の国道に渡された「飛び石」と称する石橋である。我々も 子供のように飛んで遊んだ。大和からここ紀伊国に入ると、空気がパッと明るくなる。万葉人にとってこの明るさは、 この先の旅の新鮮さを彷彿するものであったろう。
☆ あさもよし 紀人ともしも 亦打山 行き来と見らむ 紀人ともしも(同 55)
紀の川を下り、夕刻、美しい海に出た。和歌山市和歌浦。玉津島神社、塩竃神社に参拝する。 ここで山部赤人の名歌、犬養先生書の歌碑に見入り、万葉の心に浸る。
☆ 和歌の浦に 塩満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る(同 919)
和歌の浦の宿で、雑賀崎に沈む真っ赤な夕日を見ながら、美味しい魚料理に舌鼓をうった。
翌日は有間皇子の墓のある海南市の藤白神社に詣で、有田市の糸我峠、みなべ町岩代へと皇子の悲劇の世界をたどった。
☆ 足代過ぎて 糸我の山の 桜花 散らずあらなむ 帰り来るまで(同 1212)
犬養先生の揮毫碑の前で記念撮影。一同、身も心も犬養万葉の授業を受けた18歳のままでありました。
☆ 盤代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば またかへり見む(同 141)
☆ 家なれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る(同 142)
蘇我赤兄に貶められ、自決を余儀なくされた有間皇子の無念さ、また皇子の純真さを想い「結松碑」にそっと触れた。
2日間300キロの旅を終え、15時、和歌山駅で次回を約して解散した。

(西村和夫)

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写真上 犬養先生の揮毫碑(1212番)と共に、写真下左から 神代の渡り場の飛び石/ 雑賀崎の夕日/ 有間皇子「結松碑」

2016年4月24日 23期 ミニ同窓会開催
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平成28年4月24日(日)ヒルトン大阪のダイナミックキッチン&バー燦にて、1971年入学組のミニ同期会を開催しました。

我々男性陣は卒業後も飲み会と称して毎年集まってはいましたが、2000年に初めて正式に同期会を開催、それ以来昨年に15年ぶりに13名参加で男女合同のミニ同期会を開き、今年度がその2回目でした。参加者17名は、久方ぶりに会った人 もおり、最初こそ多少の戸惑いもありましたが、学生時代を共に過ごした仲間として、近況報告やら思い出話やらに花が咲き、 あっという間に三時間が過ぎました。
皆60代半ばとなりましたが、多くの方々が様々なライフステージを越えて、今また自身のための新しいステージに歩み出して います。多少のブランクを経て再び薬剤師として活躍している方も大勢います。私自身は、皆さんの視野の広さ・見識の高さ・ 前向きに生きる逞しさに圧倒されました。
そして、来年も4月23日(日)に同期会を開催することを約束し、散会しました。
今後も各人のネットワークを活用して連絡網を充実させたいと思っておりますが、この記事をお読みくださっている方の中に、 連絡が行き届かなかった同期生の方がいらっしゃいましたら、是非藤岡(fujioka◎phs.osaka-u.ac.jp)までご連絡ください。
来年また多くの方々と元気に再会できますように。

(藤岡 弘道)

2016年4月17日 20期同窓会(第5回)開催
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会場が前回の京都から今回は大阪に戻り、開業して2年の日本一の超高層ビルあべのハルカスにお集まりいただきました。幸い前日の雨も上がり、少し汗ばむ陽気になりました。
前回から3年がたちましたが、遠くはアメリカ、北海道、関東から、また西は香川、広島から前回以上の36名のかたが参加くださいました。12時開宴でしたが、早い方は11時にはもう会場にお越しいただきました。
予定通り12時に新子さんの司会で始まり、まず前回同窓会後に亡くなられた齊藤憲治さんに黙祷をささげました。鶴谷の乾杯発声の後、しばらくは食事しながら久しぶりの再会に話が弾みました。
今回の企画で米田さんより大学での研究成果から生まれた機能性食品の話を伺い、サンプルも無料配布してもらいました。寺下さんからは画像を交えての阪大薬学部の近況紹介がありました。あっという間の3時間が過ぎ、次回の開催を3年後とし、井内さん、稲田さん、中村さん、谷口さん、福森さん、西島さんに次回幹事をお願いしました。
場所を移しての2次会も多くの方が参加し、1時間の予定が2時間となり名残惜しくも散会となりました。
なお、木村さんと宮本さんには、会場の設定や利用料の交渉など裏方の仕事でご苦労頂いたことを申し添えておきます。 また3年後に皆さんの元気な姿を拝見できることを楽しみにしています。

(鶴谷良一)

2016年4月4日 14期ミニ同窓会(母校でのお花見会)開催
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昭和41年に大学を卒業して50年の記念の年に母校・大阪大学豊中キャンパスで満開の桜を楽しみながらのミニ同窓会を行いました。
全体の同窓会は10月に淡路島・徳島で宿泊・観光旅行しますので、今回は関西在住の同窓生にメールのみの案内とし、誘い合わせて11名の参加がありました。
阪急石橋駅に集合し、大阪大学総合学術博物館(旧分院)でマチカネワニとご対面後、大阪大学の開学の歴史等について勉強しました。 阪大坂を上り、大阪大学会館(旧イ号館)では学生時代の講義室の面影を感じました。浪高庭園やグラウンド東側の桜並木がとてもきれいで、明道館ではクラブの部室に居る学生たちと話ましたが、半世紀前の先輩たちに驚いていました。
生協福利会館4階食堂で階下の桜を鑑賞しながら同窓会をしました。素うどん15円(?)の大昔の学生食堂と違い、美味しいパーティー用オードブルでビール、赤白ワイン、地酒(持ち込み試飲)を飲み、卒後50年の疲れが取れる気持ちのいい食事会(会費3,000円)となりました。2次会は各自コンビニでコーヒー等を買い、中山池(待兼池?)そばのデッキで夜桜を楽しみました。
次回幹事(興津さん)より全体同窓会の楽しそうな企画の説明を受け、10月の再会を誓って帰路につきました。

(山路 昭)

2015年10月18日 薬学部と大学院薬学研究科の30期合同同窓会開催
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薬学科、製薬化学科、および大学院薬学研究科30期の合同同窓会がホテル阪急エキスポパークで開催され、38名が参加しました。大阪大学を卒業・修了して30余年が経ちました。久しぶりに会ってみると、若かりし頃の面影を残しつつ、恰幅は格段に良くなり(?)、皆いい『おじさん』や『おばさん』になっていました。参加者ひとりひとりが壇上で近況報告をし、各テーブルでは賑やかにおしゃべりが続き、予定していた3時間はあっと言う間に過ぎました。
また、同窓会に先立ち、内外装を一新し、見違えるように綺麗になった薬学部1号館の見学会を行いました。卒業後、初めて阪大に足を踏み入れたという人も結構いて、果てしなく広い駐車場だったところに大きなビルが建ち並び、道路や街路樹が整備された吹田キャンパスの様変わりに驚きつつも、薬学部実習棟や食堂などは当時のままで、学生時代の思い出話に花が咲きました。
今回の同窓会は、現在、薬学研究科に勤務している(辻川、平田、赤井)が幹事をさせて頂きました。薬友会に登録されている住所とメールアドレスに案内状を送り、そこから順に転送して頂きましたが、案内が届いていない方もいたと思われます。薬友会事務局か同事務支局に現住所やメールアドレスをお知らせ頂きますようお願い致します。今後は、4~5年間隔で幹事を代わりながら同窓会を開催することになりました。皆様との再会を楽しみにしています。

(赤井周司)

2015年11月14日 24期同窓会開催
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2015年11月14日(土)ホテルグランヴィア京都にて薬学部24期の同窓会を開催しました。
当日はあいにくの雨模様でしたが、26名の同窓生が日本全国から集まりました。まだまだ現役でバリバリ働いている人、現役を退き第二の人生を楽しんでいる人、歩んでいる道はそれぞれですが、今回初めて同窓会に参加した人もいて和気あいあいと旧交を温めました。
あっという間に2時間30分が過ぎ、二次会会場に場所を移しました。全員が参加した二次会も楽しく会話がはずみ、次の同窓会での再会を約束し解散となりました。
次回は上垣内さん、亀高さん、安部(中村)さん、横山(海田)さんの4人の幹事のもと、2017年大阪で開催される予定です。

(西田久美)

2015年11月8日 15期同窓会開催
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11月8日(日)正午からホテルグランピア大阪の20階「桐の間」で15期同窓会を催した。
実に8年ぶりのことで、3~4か月前から数人の世話人が何度も集まったりメールで連絡を取り合ったりして名簿の整備を兼ねて盛会に向けた準備を進めた。
79名の同窓生のうち、故人となった9名と連絡先が不明な5名を除く65名に参加を呼びかけた結果、関西在住者のみならず、関東、中部、中国四国地方からの参加者も多く29名(男性16名、女性13名)が集った。卒業して早や半世紀が経ち既に古希を迎えた仲間が元気に再会できたことを互いに喜び合えた。
写真撮影後、物故者に黙祷を捧げて会はスタートし、卒業して一度も顔を合わせていなかった同士も少しの時間で当時の懐かしい状況が蘇る。それぞれが旧交を温めながら楽しく過ごした。卒業アルバムやこれまでの同窓会の写真90枚ほどを「スライドショー」としてスクリーンに映したり当時の教科書や思い出の品を展示したりした新企画も大いに受けて盛り上がった。遠方から参加した人や久し振りに参加した人を中心に近況報告なども多々あり、予定していた3時間が瞬く間に過ぎ、余韻を惜しむように場所を「ラウンジ」に移して更に歓談しながら2時間程度を過ごし、2年後を目途に再会を期して散会した。

(今西 武)

2015年10月29日 8期同窓会開催



阪大薬学部8期の同期会が平成27年10月29日、山代温泉 ホテル「大のや」で開催されました。
卒業以来初めて関東在住者のお世話で、北陸での開催となりました。とくに今回は、佐野 武弘氏が平成26年秋の瑞宝・中授賞を叙勲され、祝賀会が同時開催されたので、いつもより盛大かつ楽しい同期会となりました。
出席者は前列左から、北山、藤原(窪田)、佐野、尾田、大井田(弓場)
後列左から川端、延原、岩田(吉岡)、林、黒田、永田(中西)、新田(小山) 中島(戎)、谷藤の14名でした。

(尾田晃一)

2015年10月7日 6期同窓会開催


平成27年10月7日京都グランヴイアホテルで、薬学6期生の同窓会を開催しました。
同期生53名中物故者13名。私たちも八十路となって出席された方は18名。さすがに現役の方は2 名。同窓会に来られる方はお元気な方で、近況報告で囲碁、ゴルフ、グランドゴルフ、フイットネス、 コーラス,絵などそれぞれ楽しんでおられます。
宴会の最後に、昔教養の時、待兼祭りで薬学部一年生一同コーラスに出演した時の歌を歌いました。覚 えているものですねえ。
皆で東寺を観光し、二次会出席は8名。来年もまた元気で同窓会をしようということになりました。

(岩田 宙造)

2015年10月16日~17日 古希を祝して16期同窓会開催



平成27年10月16日・17日の両日、我々の多くが古希を迎えたことを祝して、久しぶりに泊りがけの同窓会を実施しました。京都ガーデンパレスに32名の学友が集まり、懇話会と懇親会を持ちました。
16日午後からの懇話会では次の話題で語り合い、
岡本君;薬学教育界について(今の薬学教育について)
大江君;最近の薬業界(企業合併の苦労話を中心に)
その後、夜遅くまで懇親会で、時間も忘れて学生時代の話に盛り上がりました。
17日 朝から南禅寺を散策した後、豆腐料理に舌鼓を打ちました。高齢期を迎えた学友とともに、秋の京都を楽しむことができ、良い思い出になりました。
集合写真は前列左から、八田(栄)、米虫(藤田)、能勢(川本)、岡上(谷口)、鶴田、橘和(泉)、辻(植岡)、山中(中山)、山中
中列左から、青山(堀)、多嶋(山田)、岩田(向井)、森元、又野(河原)、長井(伊藤)、藤田(黒井)、柴地(宮下)
後列左から、真野、藤井(中島)、三宅、松本、原田、大藪、岡本、相坂、鈴木、大江、木嶋、西条、小野、中澤、松本

(原田 昌弘)

2015年10月3日 13期生卒業50周年記念同窓会開催



10月3日(土) 大阪リーガロイヤルホテルのレストランシャンボールにて薬学部13期生の卒業50周年記念同窓会を開催しました。
1965年3月卒業時には58名いましたが、50年後の現在4名が鬼籍に入り1名が海外在住、残る53名のうち24名が日本全国各地から集まりました。50周年記念ということもあり、各自からこの50年を振り返って感ずること等事前に書いていただき、50年前の貴重な写真をちりばめた文集を作って当日皆さんに配りました。さらに会を盛り上げるためにプロのフルート奏者2名に来ていただき冒頭30分ほど演奏を楽しみました。準備に一年ほどかかりましたが皆さんに喜んでいただき、またやろうとの声頻りでした。次は3年後?あるいは5年後?いつまでも元気な顔で会いたいものです。

(岩谷邦夫)

2015年5月30~31日 17期 万葉を愛する会  福岡・唐津の探訪


万葉を愛する17期の8名は5月30~31日、福岡・唐津の万葉故地を訪ねた。
朝11時半、博多駅前からレンタカーで出発し、福岡市博物館で金印「漢倭奴国王」を見た後、いよいよ大宰府政庁跡へ。大伴旅人と山上憶良の活躍した場所である。大きな礎石に政庁の繁栄を偲んだ。
あをによし 寧楽の京師は 咲く花の 薫ふがごとく 今さかりなり(万葉集 328)
この歌は、平城京を偲んでこの地で詠まれたもの。犬養先生の揮毫碑に触れて敬虔な気持であった。
銀も 金も玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも(万葉集 803)
山上憶良のこの歌の碑に、大いなる親しみを感じた。
白村江の戦の後に建設された水城に寄った後、小雨の中、志賀島へ飛んだ。小学校の玄関の歌碑に、新羅に派遣された役人の苦労を思った。
志賀の浦に 漁りする海人 家人の 待ち恋ふらむに 明かし釣る魚(万葉集 3653)
この夜は、国民休暇村のホテルで、海鮮料理を前にして記念写真におさまった。
31日早朝、糸島市の伊都国歴史博物館と平原王墓へ。博物館ではガラスのピアスに見入った。平原王墓の主が、女性である証。ひょっとすると、被葬者は卑弥呼の母かも知れない。
神功皇后のことは、学校で習わなかったが、鎮懐石八幡宮の宮司の熱心な説明を聞いて、皇后の事跡が、あながち作り物ではないという気持ちも湧いてきた。
…御心を 鎮めたまふと い取らして 斎いはひたまひし ま玉なす 二つの石を…(万葉集 813)
唐津市にある鏡山に登った。ここは松浦佐用姫と朝鮮に出兵する大伴狭手彦の悲恋物語の舞台である。
松浦県 佐用姫の子が 領巾振りし 山の名のみや 聞きつつ居らむ(万葉集 868)
鏡山山上から、虹ノ松原を見晴らした後、心残りであるが、博多駅へと急いだ。
(西村和夫)


写真上左から 金印/ 大宰府政庁跡にて/ 328番歌碑、 写真下左から 志賀島宿舎にて/ 鏡山神社の歌碑を囲んで

2015年2月21日 17期同窓会開催



2月21日(土)、ヒルトン大阪・銀嶺の間において17期同窓会が5年振りに開催されました。まだ寒さの厳しい時期でしたが、当日は春の日差しがあふれ、なごやかな同窓会日和となりました。参加者28名の内わけは、関西在住が多かったのですが、東京や千葉、岡山、徳島、更に隠岐島からも参加され、再会の喜びを分かち合いました。
定刻より早くほとんどが揃い、樋口貞夫さんの進行のもとに、馬場明道さんからご挨拶、そして植木明廣さんの乾杯の発声で開宴しました。
NHKの朝ドラ、マッサンゆかりの竹鶴ピュアモルトウイスキーはじめ、様々な飲み物や美味しいお料理を楽しみつつ、西村和夫さんからは、「17期万葉の歌碑を訪ねる旅」の愉快なお話と、15回目となる次回の九州・福岡の旅へのお誘いがありました。また阿部豊さんからは、東京で毎年開かれている16期・17期合同同窓会のご紹介とお誘いがありました。更に一人一人から、仕事に趣味に生き生きと過ごしておられる近況が報告されました。時間は瞬く間に過ぎ、馬場さんから阪大や薬学にまつわる話題が提供され、次回の幹事を、五十嵐理慧さん、辻内源英さんにお引き受けいただき終宴となりました。引き続き、遠路帰られる方を除いてほぼ全員がホテル内のカフェに移動しておしゃべりを楽しみました。
総勢69名(故人8名)の17期生、また元気に再会しましょう!

(北澤恵子)

2014年11月23日 薬品分析化学教室同窓会(由岐先生を囲む分析の会)開催



昭和40年~50年初頭に分析教室に在籍した同窓生は、5年ほど前より有志の同窓会やゴルフ会を楽しんでいます。今回は恩師の由岐先生ご夫妻をお招きして多くの同窓生に参加してもらえるよう10名の世話人会を結成し、2回の準備会と称する飲み会で本番前から大いに盛り上がりました。
2014年11月23日(日)ホテルグランヴィア大阪で31名の同窓生が参加し、はるばる千葉県からお越し頂いた由岐先生ご夫妻を囲んでの同窓会を開催しました。5月に急逝された近畿大学副学長・掛樋一晃先生(18期)のご冥福を祈って全員で黙祷した後、開会のあいさつでは当時の教室の行事を振り返って学生時代を思い出してもらいました。春の蛍池キャンパスでの教室対抗野球大会(分析2回優勝)、夏の教室旅行(伊勢志摩、若狭和田など)、秋の運動会、年末の予餞会、正月の由岐先生ご自宅(高槻日吉台)に招かれての新年会、3月の追い出しコンパなどです。14期の古嶋さんの発声で乾杯して開宴しました。由岐先生からはお礼のお言葉とほとんどの参加者が卒業以来となる久しぶりの再会の喜びや近況を語っていただきましたが、85歳のご高齢とはとても思えないお元気な様子でした。本田先生の秋の叙勲を祝って花束が贈呈され、先生から綬章の経緯やお礼の御挨拶がありました。参加者全員から、大学・企業の現職者、薬局薬剤師、税理士、農業従事者、「サンデー毎日」勤務者、主婦などその日常は様々ですがそれぞれの人生を楽しんでいることの近況報告があり、分析教室では皆さんまさに青春時代でしたが、40年後の中高年の年を迎えても当時の面影は変わらず懐かしく思い出されました。由岐先生ご夫妻と参加者一同の健康を祈って一本締めでお開きとしました。
同窓会の準備や運営に多くのメンバーが協力し、盛会裏に開催でき、改めて分析教室の門下生の絆の強さを感じた次第です。

(14期 山路 昭)

2014年10月11日 19期同窓会開催



台風19号の前ぶれか、曇り空でやや蒸し暑い10月11日(土曜日)12時より、3年ぶりの第19期薬学科・製薬化学科合同同窓会が新大阪ワシントンホテルプラザ2階、若竹の間にて開かれました(幹事:宮地、西出、東、廣井)。参加者は34名で、何十年かぶりに参加した人もいました。飲み放題のお酒と料理に舌つづみを打ちながら、恒例の手品師のお手並みを楽しみ、お互いの近況を確認した後、3時に御開きとなりました。時間のある人は、1階のカフェでの2次会で、さらにおしゃべりした後、1時間後に解散となりました。
次回の合同同窓会は3年後(次期幹事:坦ケ、中江、植田、神杉)の予定です。

(廣井純)

2014年10月8日 6期同窓会開催



我々、薬学部第六期生は、1958年に卒業しました。そのとき、人数は53名でした。
20年ほど前から、一年おきに同期会をいろいろな場所で1泊2日のスケジュールで開いてきましたが、一昨年、東京のお台場で同期会を開いたとき、今後この会をどのような形にするかを話し合い、それまでの形が少し負担に感じる人が多かったので、一つの場所を決めて日帰りの形で、しかし、毎年開こうということになりました。そこで、昨年京都駅の構内にあるホテルグランヴィア京都の宴会場で開きました。そして今年も同じ場所で、10月8日(水)に開きました。健在の40名のうち24名が出席しました。ホテルの同窓会プランに乗っかった形で、宴会場に集まって旧交を温め、その後、20名が近くの西本願寺(ユネスコの世界遺産に登録されている)へタクシーに分乗して行き、御影堂や阿弥陀堂(これらは、最近、重文から国宝に昇格した)などを見学して、ゆっくりした時間を過ごしました。さらに12名が残り、夕食を共にして、たまたま皆既月蝕の夜だったので、ホテルの廊下から月蝕を見た後、別れました。
来年も同じ場所で集まる予定です。そして再来年もこの集まりは続くことでしょう。
2014年5月24~25日 17期 万葉を愛する会  福井・氷見・高岡の探訪



万葉を愛する17期の11名は5月24・25日、新緑美しい越前、福井・氷見・高岡の万葉故地を訪ねた。
朝9時半JR敦賀駅からミニバスにて出発。まず気比神宮に参拝し旅の安全を祈願。越前田結(たゆい)が浦の笠金村歌碑、次いで五幡神社の古い歌碑に挨拶。いよいよ、味真野(あぢまの)苑で狭野茅上娘子(さののちがみのをとめ)の犬養先生揮毫碑の前で念願の記念写真を撮った(写真上左)。向かいの碑には中臣宅守の歌が、これも犬養先生により鮮やかに刻まれている。(写真下中)
君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも(万葉集 3274)
塵泥の 数にもあらぬ 我故に 思ひわぶらむ 妹がかなしさ(同 3227)
武生を後に福井へ。途中立ち寄った紫式部公園では大空に珍しい大きな日暈(ひがさ)、日輪を見た!
福井市は万葉調の歌人、橘曙覧の故郷。その記念文学館を訪ねた。
たのしみは朝おきいでて昨日まで 無かりし花の咲ける見る時(独楽吟)
天皇陛下訪米の折に、時の大統領クリントンが歓迎レセプションのスピーチでこの歌を引用し話題になった。“花”は新しい日米関係を指すという。夕方、氷見の海辺の温泉宿に落着き、美味しい地魚を味わい,差入れの酒、山路酒造の北国街道に酔った。
翌朝、いよいよ大伴家持の越中の世界をたずねる。十二町潟水郷公園の布勢の水海(みずうみ)碑を訪れ(写真上右)、布勢神社(布勢の丸山)と藤波神社の百段の階段を駆け登り、間近に迫る古希の同窓会は言うに及ばず、傘寿、卒寿までのことを約した。高岡市伏木勝興寺の寺井の前で、この旅のハイライト、かたかごの花の歌に集った乙女ら?は心を舞わせる。
もののふの 八十娘子らが 汲み乱ふ 寺井の上の 堅香子の花(万葉集 4143)
次いで男どもは、次の歌碑前で平和な日本のことを願って合掌した。
…海行かば 水漬く屍 山行かば 草生むす屍…(同4094)
二上山の家持像(写真下右)に別れを告げ、高岡駅で東京、名古屋、京・大阪の3方に分かれ旅を終えた。
(西村和夫)



2014年5月18日 卒業後40年の22期同窓会開催



平成26年5月18日(日)大安吉日、卒業後40年を迎えた22期記念同窓会を、神戸祭りで賑わう中「ポートピアホテル」にて開催しました。
集合時間の正午には全員がそろい、シャンパンにて再会を祝して乾杯したのち、宴会がスタート。お腹に少し食べ物が入った頃を見計らい、久しぶりに会う懐かしい面々のお名前を思い出す目的で、全員が自己紹介(近況報告)をしました。その後、記念の写真撮影。次回同窓会(3年後)の幹事(松永君+α)を決め、再会の約束をして散会しました。
 参加者は、前列左より春木、香月、小林、池西、河合、田中、松永、今堀、清川、田房、平尾(旧姓辻本)、橋村(浅井)、2列目左より坂本(高木)、平井(菅原)、中井(下山)、修理(武野)、天満(小野)、田房(佐伯)、植田(守本)、紀井、若井(西岡)、吉原(広瀬)、垣内、松原、尾崎(前田)、3列目左より井上(平松)、黒田(堀木)、竹本(水野)、中山(木崎)、藤井(佐藤)、原田、中川(土師)、中長(藤原)、原(若野)、四橋(廣瀬)、平井(田村)、宮脇(真鍋)以上37名。
(河合裕一)
2014年5月10日 14期同窓会開催



5月晴れに恵まれ1年半ぶりに東京での同窓会が無事終わりました。
14期同窓会は関西在住と関東在住の仲間が、交互に幹事を引き受け行っています。今回は,関東在住の古嶋と田中(旧姓:時水)が幹事を引き受け、前年に大人気を博したTVドラマ半沢直樹のメイン舞台になった学士会館で2014年5月10日、24名の参加のもと、食事をしながら各人からの近況報告を聞きワイワイガヤガヤの2時間余りを楽しく過ごしました。
同窓会に先立ち、皇居の平川門から入り東御苑の花を愛でたり、浅野内匠頭が吉良上野介の刃傷に及んだ江戸城の松の廊下跡を見たりしながら散策し大手門から出て丸の内ビル街に行き歴史ある有形文化財の最古の明治安田生命記念館を見学しました。
同窓会後の二次会では、ぐっと雰囲気を変え、仲間の日比野さんが経営している高級クラブ“さくら乃”で、シルバー世代にとってはなかなか体験の出来ない美しい女性の歓待を受け、夜の銀座を満喫しました。
次の日は風も無い好天で、はとバスに乗り国会議事堂の衆議院を見学しホテルで昼食後、スカイツリーの展望デッキ(350m)に上がり、時間の余裕があったので東京ソラマチで買い物をしたり450mの展望回廊に上がったりとそれぞれ楽しみました。
皆様のご協力のお蔭で無事2日間の日程を終えられましたことを感謝しております。次期幹事は畠中稔さんと森下孝さんに引き受けて頂き、日時は未定ですが関西方面でやる予定になっております。皆で健康に留意し再会出来るのを楽しみにしておりますので、今回出席者は勿論、欠席された人も次回は是非出席され、盛大な同窓会にしましょう。
(古嶋、田中)
2014年5月9日 16期17期合同 東京地区同窓会開催



連休が一段落した週末の5月9日、16期、17期生東京組有志が一堂に会しました。
我々の期は、まだ仕事をがんばっている人、退職してゆっくりしている人が混じっているため、まずは日時の決定から難航。しかし、予算だけは誰からも異議なく(?)、日本橋の老舗、たいめい軒にてなごやかな2時間をもつことができました。
この定例同窓会は、今回は1年半ぶりの開催。当日は日中暴風雨、ご自宅をうんと早めに出たゆえに時間を持て余されていた(?)方、自作のパッチワークを持参してくださた方(色彩感覚に目覚めたそうな)、ご子息が自分のお店を持たれ、その様子が心配でたまらないお父さん(大丈夫、お邪魔しましたが、料理もマナーも客入も問題なし)、わざわざ遠方から来てくださった方、仲良くご夫婦で出席してくださった方(なぜか、離れて座っておられたような)、大事な方をお見送りして久々に出席してくださった方、前回より何も環境に変化なしの方(私、吉田のことです)、といろいろ。同窓会の常として、何人の方とはお話する機会がないままに解散時間になってしまうのが残念なのですが、そのへんは次の同窓会の楽しみとしておきましょう。
出席は、大江、大島(森田)、大橋(中川)、大藪、恩地、橘和(泉)、鶴田、久岡、山中(中山)、山中、阿部、遠藤、奥本、北村、門脇(杉本)、鈴木(河野)、中西、藤井、藤井(岸田)、吉田でした。
大阪組の方へ、東京組もこのように(写真参照)元気にしておりますよ。
(吉田和子)
2014年4月13日 18期同窓会開催



今年も無事同窓会を開催させて頂きました。参加者の皆様ありがとうございました。
昭和22年生まれが主体で、団塊世代の先頭を切ってそれなりに日本のために頑張ってきたと勝手に自負しております。65歳を超え仕事から離れる方が多くなってきておりますが、スナップ写真を見るとまだまだ肌艶も良く、とても活動的です。
同窓生の一人はお寺の住職で、仕事の傍ら美術品の研究に没頭し、初山滋さんの貴重な初版本をゲット。離島で薬剤師の仕事に今も元気に従事しておられる方。大学で笑いと健康に関する研究をしておられる方。
何故か日本中のマンホールを見に行かれる方は、念願かなって遂に『デザインマンホール100選』というタイトルで初出版されました。因みに最初に印刷した第一刷は完売だそうです。この仕事の切掛けは『マチカネワニ』。 聞かれた事ございませんか。 1964年(昭和39年)豊中市待兼山町の大阪大学新校舎建設現場から45万年前のワニの化石が発掘されました。このワニも何とマンホールのふたに描かれているそうです。(書籍を参照ください。)この縁でこのプロジェクトがスタートを切ったとの事でした。
何時までも元気で、自由な時間を楽しみたいと思います。阪大薬学部の先輩諸氏、後輩諸君よろしくお願いします。機会があれば皆様とも交流させて頂きたいと思います。
写真は、集合写真ばかりでは変わり映えしないので、今回はスマホでコラージュに挑戦してみました。参加者のスナップとマチカネワニ、デザインマンホール100選を載せました。
(北川好)
2013年10月26日 16期同窓会開催



平成25年10月26日、阪大薬学部16期のクラス会が梅田サウスゲートタワービル16階「ロドス」にて例年のとおり開かれました。
この年亡くなった大橋さん、岩崎さんへの黙祷に始まり、両氏の思い出を語り、また各々の近況報告をしました。
出席者は前列左より、岩田(向井)、八田(栄)、山中(中山)すみえ、青山(堀)、岡上(谷口)、大橋(中川)、辻(植岡)、山中、米虫(藤田)、三宅、 後列左より又野(川原)、能勢(川本)、山田(前田)、細見(杉浦)、北中、大藪、 岡本、植木、大江、山田(山崎)、真野、小野、原田(敬称略)の23名でした。
(原田 昌弘)
2013年9月29日 製薬化学科27期生 同窓会開催



2013年9月29日(日)、大阪大学中之島センターの9階交流サロン(SALON DE L'AMICAL)で、製薬化学科27期生の同窓会を開催しました。幹事は高木さん、佐藤さん(旧姓:多胡さん)、田邊さん(旧姓:吉村さん)の3人、お仕事にお忙しい中、企画してくださってありがとうございました。
参加者は13名でした。少しですが前回よりも参加人数が増えました。参加者の内訳は男性5人、女性8人、地元大阪府は8人、京都府1人、奈良県1人、群馬県1人、神奈川県1人、富山県1人、前回に引き続き遠くから参加してくださった方もいました。1979年に卒業後、30年以上経って初めてお会いできた同窓生もいて、とても懐かしく思いました。私、池渕(旧姓:古澤)以外は、大学、製薬会社、薬局、病院やクリニックで仕事をされており、みなさん、それぞれの場所で同じように頑張っているんだなぁと思いました。食事は立食形式で、おしゃべりの輪を開いたり閉じたりしながら、あちこちでおしゃべりの花を咲かせました。口々に言われるのは、「あと数年で定年退職だけれど、余力を残して仕事を退き、あとはゆっくり過ごしたいなぁ」ということでした。
次回の幹事さんも決まりましたので、次は還暦(60歳)ぐらい(同期だけれど、それぞれ年齢が違いますので)にアラフォーならぬ「アラ還(あらかん)」で開きましょうということを決めて、同窓会はお開きになりました。楽しいひとときでした。またお会いしましょう。そして、今回、来れなかった人も次回はぜひお越しください。
(池渕佐知子)
2013年6月1日~2日 17期 万葉を愛する会 瀬戸内周遊の旅



万葉を愛する17期の9名は6月1日朝9時半、JR土山駅に集合。3台の車に分乗し、兵庫・岡山・香川・徳島を巡る1泊2日の「人麻呂と赤人の世界」に旅立った。
印南野(兵庫県加古郡稲美町国安):稲美中央公園万葉の森で健気に咲く万葉の花々を発見。
☆名ぐわしき 印南の海の 沖つ波 千重に隠りぬ 大和島根は (万葉303)
柿本人麻呂が公務出張の旅で詠んだ歌の舞台、「印南(稲美)国原」は早くから開けた所である。万葉の森で薄紫の花をつけた”あふち(センダン)”に癒され、モネの絵画で有名なスイレンと競って咲く黄色い”あざさ(写真下段左)”に頑張れと応援をおくった。
響灘(兵庫県高砂市高砂町向島):高砂海浜公園は美しい松林だった。
☆昨日こそ 舟出はせしか いさなとり 比治奇の灘を 今日見つるかも (万葉3893)
古くは加古川の河口付近の瀬戸内海を響灘という。大伴旅人が大宰府赴任に従駕する家来達は「昨日大阪を出て今日は響灘を過ぎる」と歌う。もう奈良の都が恋しくなったのであろうか。
室津(兵庫県たつの市御津町室津):古来より天然の良港。藻振鼻に歌碑を訪ねる。
☆玉藻刈る 辛荷の島に 島廻する 鵜にしもあれや 家思はざらむ (万葉943)
山部赤人も公務出張に。今では相生など日帰り出張の範囲だが、小舟では何日かかるだろう。続く金ケ崎のホテル万葉岬では鶯の大合唱と犬養孝先生書の歌碑に迎えられた(集合写真)。その夜の宿では鰆のしゃぶしゃぶに舌鼓を打ち、ライトアップされた瀬戸大橋を見つつ湯につかる。
沙弥島(香川県坂出市沙弥島):柿本人麻呂の鎮魂歌の碑に心打たれる(写真上段右)
☆妻もあらば 摘みて食げまし 狭岑の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや (万葉221)
磯に寄せる波音を聞き、人麻呂の鎮魂歌の碑を見ていると、当時の旅の困難が思い遣られた。 屋島(香川県高松市屋島):源平合戦の海に感動をおぼえる(写真下段右・船隠しの島々)
☆与一、目をふさいで「南無八幡大菩薩、我国の神明、日光権現、宇都宮、那須のゆぜん大明神、願わくはあの扇のまんなか射させてたばせ給へ。これを射損ずる物ならば…」(平家物語、那須与一)
「腹が減っては戦ができぬ」とばかり”讃岐うどん”の大盛に挑戦。昨日の昼飯で食べた”出石の蕎麦”と、どちらが旨いかと迫られても、甲乙付けがたく”同体”と答えたい。
阿波・鳴門の渦潮を車窓から覗いた後、明石大橋を渡って2日間・600キロの旅を終えた。
(西村和夫)



2013年5月23~24日 12期同窓会開催

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2年ごとの開催を約束していた12期同窓会、このたび『エクシブ初島クラブ』で開催しました。
新幹線・熱海駅から熱海港、そこからフェリーで25分の初島。関東からも関西からも参加しやすいというアクセスの良さを考えて選びました。そして「まぁ、のんびりしようや~」と、リゾート地での癒しの集いになりました。好天気に恵まれ 海を見渡せる開放的なリゾート気分。23日はパーティ会場で、おいしい海の幸に舌鼓を打ち、自然と明るい前向きの話が多くなりました。人生の達人の智恵にうなずきながら、今後に生かそうと、とても楽しい刺激になりました。また夜のミーティングでは、深夜まで話し込んで旧交を温めました。皆さん 自分の価値観に基いて、それぞれ充実した有意義な毎日を過ごされていて本当にすばらしく元気をいただきました。24日は島内の遊歩道を一周したり、水中遊覧船で海中探索したり、アクティブプランを利用したりと、活発に活動されました。
12期生は、逝去者5名を含めて総数55名で、そのうち26名から出席との返事を頂きましたが、体調不良、介護の事情などで実際の参加者は24名でした。次回の幹事は、岡本和雄氏、木村氏、中村氏の3人に決まり、来年が卒後50年なので、来年は記念の会を開催することになりました。今回、出席が叶わなかった方にも、この同窓会サイトをお知らせし皆さんの元気な写真をお送りする予定です。お仕事をされている方も多い中で、たくさんの方が出席してくださり、楽しい会だったと喜んでいただけて、とてもうれしいでした。
(長峯 魚森 服部)
2013年4月13日 20期同窓会開催

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  2013年4月13日(土)、前回の開催から3年がたち、今回は趣向を変えて京都駅ビルにあるホテルグランビアで行うことになりました。当日の朝、淡路島を震源とする地震によりJRがストップ。途中まで来られた方も含め残念ながら3名が欠席となり、結局参加者は34名となりました。
司会の澤田照夫さんの穏やかな口調で会が始まりました。各自思い思いの自由席で和食の京善をいただきながら、学生時代の話や現況報告に花が咲きました。今回は幹事の中村(山口)寿美さん、越田(加集)敬子さんが返信葉書をすべて集めて、メッセージ集として全員に配布してくださいましたので、各人からの挨拶を省略しました。一段落したところでアメリカから参加してくださった久場川(伊藤)芳紀さん、久しぶりの参加の森節雄さん、新子省吾さんに近況報告をしていただき、会が盛り上がりました。最後に次回の幹事として鶴谷良一さん他4名を紹介して、3年後に開くことを確認し、山崎裕康さんの終わりの挨拶で一応終了しました。会場での制限時間があったので2階の喫茶で2次会となり、ほぼ全員が2時間ほど歓談しました。
皆さん60歳を越え、大半の方が責任ある仕事をリタイヤした今、親の介護、子の結婚、さらに自分のこれからの人生をいかに過ごしていくのかが問題になっています。この同窓会も、よりよい生き方を巡って互いに語り合う場としての意義も大きいのではないでしょうか。次回、また多くの方々にお会いできるのを楽しみにしています。
(高松典正)
2013年3月16日 微生同窓会開催

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2013年3月16日,大阪新阪急ホテル 花の間において微生同窓会が開催されました。微生同窓会は,微生(現在の細胞生理学分野)ご出身者が集い,昔話に花を咲かせるとともに,これから社会で活躍が期待される微生の学生と現在社会で活躍されている先輩方とが親睦を深める目的で2年に1度開かれています。今回は特に,本年3月で大阪大学微生物病研究所教授を定年退任される岡部 勝先生のお祝いも行われ,出席した120名を超える微生同窓生は岡部先生の講演に昔懐かしい思い出を甦らせるとともに,受精に関する最先端研究に耳を傾け,あっという間の時間を過ごしました。岡部 勝先生に心よりお祝い申し上げますとともに,お集まりいただきました微生同窓生にお礼申し上げます。
(細胞生理学分野 辻川和丈)

2012年11月10日 17期 万葉を愛する会 奈良市・田原の里を廻る



☆うらうらに 照れる春日に ひばりあがり 心悲しも ひとりし思へば(巻19-4292)
万葉を愛する17期有志は近鉄奈良駅で集合し、晴天の下、奈良市~田原の里を廻った。まず正倉院展で賑わう混雑の人達をかき分けて氷室神社へ。藤原氏の専横に悩んだ大伴家持の歌で、作者の繊細な神経の呻きは、現代のストレス社会に共感をもって受けいれられる。東大寺南大門の前の小川は「我妹子に衣かすがの宜寸川…」の吉城川。続いて大仏殿の西に、光明皇后が聖武天皇に贈った歌の碑を訪ねた。
☆我が背子と 二人見ませば いくばくか この降る雪の 嬉しからまし(巻8-1658)
春日大社へ行く道の途中に、山上憶良の秋の七草の歌碑がある。
☆秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花(巻8-1537)
☆萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなえし また藤袴 朝顔の花(巻8-1538)
興福寺の五重塔、東大寺南大門や大仏殿など木材の力強さに圧倒される。特に千数百年を耐えた転害門の南の柱は圧巻。樹木の力に感謝しつつ、春日大社境内のイチイガシ巨樹の前で神妙に記念写真を撮った。菊水楼にて昼食後は古事記千三百年にあたり春日山の奥、田原の里に太安万侶を訪ねた。茶畑の急な坂を登って墓跡に触れた。最後に、奥山ドライブウェーの展望台にある犬養先生の揮毫碑を訪ねた。
☆宮人の 袖付け衣 秋萩に にほひ宜しき 高円の宮(巻20-4315)
「にほひ宜しき」は、服の色と萩の花の色が赤く映えて美しいこと、萩の花の臭いではありません。これは秋の旅をしめるにふさわしい歌であった。写真は左から、①転害門の柱の圧巻 ②イチイガシの巨樹の前で ③太安万侶の墓跡前
(西村和夫)
2012年10月20日 16期クラス会開催

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平成24年10月20日(土曜日)薬学部16期の定例(毎年10月第三土曜日)のクラス会 が梅田アクティ大阪サウスゲートビル16階中華料理店「ロドス」にて行われました。写真はその時のものです。合計21名でした。
前列左より 岩田(向井)、八田(栄)、能勢(川本)、山中(中山)、米虫(藤田)、 坂東、岡上(谷口)、青山(堀)、辻(植岡)  後列 大島(森田)、松本、真野、原田、藤井(中島)、北中、宝居、山中、相坂、木島、山田(山崎)、山田(前田)
また、平成24年10月14日(日曜日)に埼玉の療養中の大橋さんの家で、関東在住の仲間達が集まりました。その折は山中夫妻、大橋夫妻、奥本夫妻、大島(森田)、原田、林(西牧)の合計9名が集まり旧交を深めました。
(文責 原田 昌弘)

2012年5月26・27日 17期万葉を愛する会 近江~関ヶ原、万葉と芭蕉を探訪する

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万葉を愛する17期有志12名は、新緑まばゆい5月の末、琵琶湖畔・近江路をたどり更に関ヶ原までの、 万葉そして芭蕉の故地を探訪した。京阪京津線の大谷駅前の蝉丸神社に集合。まず逢坂峠ゆかりの文学、 万葉集、枕草子、百人一首、源氏物語、蜻蛉日記、更級日記を味わった。
(逢坂を うち出でて見れば 近江の海 白木綿花に 波立ち渡る 万葉集巻13-3238)
(夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 枕草子136段、頭の弁の…)
(これやこの 行くも帰るも 分かれつつ 知るも知らぬも 逢坂の関 百人一首、蝉丸)
天智天皇の大津京(発掘調査して錦織遺跡を保存)で藤原鎌足の歌碑を発見。
(我はもや 安見児得たり 皆人の 得難にすといふ 安見児得たり 巻2-95)
犬養孝先生は授業の時、「権謀術数に長けたあの鎌足が、「嬉しいな 嬉しいな 安見子ちゃんを貰っ た」と無邪気に素直な気持ちを詠うなんて、“万葉は何とすばらしい世界だろう”」と強調された四十 数年前のことが髣髴して楽しい。
きらめく湖畔にたたずむ唐崎神社、唐崎苑で天智天皇をしのび、堅田の浮御堂で芭蕉の句を味わう。
堅田でゆっくりと温泉にひたった翌日は、膳所の義仲寺で木曽義仲、芭蕉の墓前にお参りし、 急がば回れの瀬田の唐橋を経由し、八十宇治川に玉藻なす…の歌碑のある田上公園にたどりつく。 そして旅のハイライト蒲生野へ。額田王と大海人皇子の歌の情景を信楽焼の大きな陶板画に見ることが でき一同大喜び!1300年の時を経ても、この地に二人の心がまだ息づいているようだ。
(あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見づや 君が袖振る 巻1-20)
(紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも 巻1-21)
最後に関ヶ原古戦場へ。関ヶ原の戦で家康は桃配り山に布陣したが、ここは壬申の乱で大海人が桃を配っ て軍の兵士を奮いたたせた所。家康はこの故事を知って縁起をかついだのであろうか。桃は古来,縁起 の良い食べ物であった。日本最初の関所である不破関跡で現在のご当主と歓談後、名残は尽ないが次回を 約して米原にて散会となった。
写真:上段左は琵琶湖岸に置かれた犬養先生揮毫の人麻呂歌碑(近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ 巻1-266)。中は唐崎苑の歌碑(楽浪ささなみの 志賀の唐崎 幸くあれど 大宮人の 舟待ちかねつ 巻1-30)を囲む参加者。右は浮御堂と芭蕉句碑(唐崎の松は花より朧にて)。下段左は蒲生野の歌碑(あかねさす 紫野行き…)中は陶板画を背に額田王と大海人皇子が多数写っている。右は不破関跡で関守だった家の現在の当主と話に聞きいるメンバー
(西村和夫)

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2012年4月15日 18期同窓会開催

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今年も多くの皆さんにご参加頂き楽しく滞りなく開催できました事を嬉しく思います。 参加者の皆さんに話題提供をお願いしているのですが、今年は日本中のマンホールの写真を撮り続けた池上さんから面白いお話を頂きました。以下は、池上和子さんのコメントです。
私より一足早くマンホールのデザイン収集を始めていた近所の友人と散歩していた時、豊中市のマンホールを見て、「どうして豊中はワニなんだろう?」と言いました。その時、30年近く前、阪大入学直後のオリエンテーションで石橋学舎構内を案内してもらった際、理学部の教室で見たマチカネワニを思い出しました。それまで化石と言えば木の葉が刻まれている石ころしか見たことがなかったので、5mもある巨大な化石にはびっくり、感動でした。(何人かの同級生に聞いてみても覚えている人がほとんどいないのが残念!)大阪大学総合科学博物館ができ、陳列されているという新聞記事を見たときは早速見に行きました。その後、カラーのマンホールも時々見かけましたが、色が褪せて綺麗なものがみつかりません。で、市の下水道局に行って、カラーマンホールの設置場所を尋ねたところ、分厚い図面集を持ってきてくれ、いつ、どこに設置したかを詳しく教えてくれました。そして阪急岡町駅で綺麗なのを撮ることができました。市によっては、「10年くらい前に工事したけど、当時の工事した人はもうおらんから解らん」というところも多々あります。一般的にはどこの役所でも親切に対応してくれ、市民でもない他府県の者に悪いなと恐縮します。問い合わせて、お礼にお菓子を送ったところ、地元で採れたリンゴをお歳暮にいただいて、とその後お付き合いしている方もおられます。1995年前後、平成の大合併で、市町村数が半減しましたが、今後デザインマンホールの数も減るのではとちょっと残念な気がします。マンホールに興味をお持ちの方は連絡ください。
 池上 和子 ikegami-k@hotmail.co.jp
下段の写真が噂の待兼ワニです。豊中の町の中で見つける事が出来るそうです。
日本中旅をされ、ご苦労様です。人生の楽しみ方は色々ありますね。最後まで元気で続けてください
(北川 善啓)
(本文は薬友会だより第15号の再掲載です)

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2012年3月2日 田中徹明 教授 最終講義・定年退任記念祝賀会の開催

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平成24年3月31日をもって定年退任されました薬品製造化学分野教授 田中徹明先生の最終講義ならびに定年退任記念祝賀会が3月2日に行われました。
薬学研究科2号館特別講義室において行われた「くすりは有機化合物である」と題する最終講義には、150名を超える大勢の方々にご来聴いただきました。最終講義では、薬学研究科長 小林資正先生のご挨拶と学務会議議長 八木清仁先生による経歴のご紹介に続き、田中先生の「ものづくりに興味をもって薬品製造学の門をたたいて以来」の長年にわたるご研究について、時折笑いを交えつつ明快にお話しいただきました。「有機化学の力が人々を救う‘くすり’の創製に欠かせない」という言葉で締めくくられた最終講義は、ご来聴の皆様を魅了したようでした。その後、松田敏夫先生に閉会の辞を頂き、和やかに最終講義を終えました。
最終講義終了後、千里阪急ホテルにて開催されました定年退任記念祝賀会におきましても多数の皆様にご臨席いただきました。まず、小林資正薬学研究科長の開会の辞に始まり、薬品製造学同窓会「一薬総会」会長・神戸薬科大学名誉教授 二宮一彌先生、大阪大学名誉教授 岩田宙造先生からご祝辞を賜りました。続いて、元富山医科薬科大学薬学部長 百瀨雄章先生に乾杯の御発声を賜り、歓談を挟んで、一薬総会同窓生として、近畿大学教授 村岡修先生、吹田市議会議員 池渕佐知子様、木村秀子様、そして旧職員として、京都大学教授 竹本佳司先生、大阪大谷大学教授 前﨑直容先生、京都大学准教授 大野浩章先生よりお言葉をいただきました。その後、田中先生から皆様へ感謝の言葉が述べられ、最後に、元金沢大学副学長 花岡美代次先生より、田中先生の「忘己利他」の実践を通じた研究教育へのご貢献を讃えるお言葉を賜り、祝賀会は華やかに幕を閉じました。 お忙しい中、田中徹明先生定年退任記念事業にご賛同、ご臨席いただきました皆様に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。
(好光健彦)
(写真は左より田中徹明先生、最終講義、祝賀会)
2011年12月29日 39期生プチ同窓会開催

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2011(平成23)年12月29日(木)に、薬学科39期生恒例の「プチ同窓会」が開催された(毎年、この時期に開催しています。参加者は10名~20名前後です。是非にご参加下さい!)。今回は、製薬化学科の同期仲間を含め、13名が集まった。2012(平成24)年4月から、同級生の堤康央くんが研究科長に就任するとの情報をキャッチし、その激励と冷やかしを兼ねて大いに盛り上がった。1次会会場は、これまた同級生の分子生物学(生化)分野教授の水口裕之くんの知り合いのお店で、お得な値段でたらふく食べることができた。
今回の参加者の同級生の中に(出世頭)、某有名製薬会社の部長さんがいたので、「ゴチになります」状態で臨んだが、ワリカンどころか、彼だけ1次会の料金を払い忘れるという、笑えない結末となっていた。しかし、同級生は同級生である。青春時代をともに、謳歌し、泣き笑い、時には喧嘩し、悪戯しあった仲間である。みんなため口で、「堤、お前、がんばれや!水口、何しとんねん。」といった大学時代に帰ったような何とも心地の良い会話が続いた。20年以上も前の大学時代にタイムスリップして、気のおけない友人たちと会話するのは本当に楽しいものである。振り返れば、しょーもない、たわいのない話ばかりであったが、童心に帰って夢中に駄弁っていた。2次会も一次会のメンバー全員に加え、仕事の関係で遅れてきたメンバーが加わり、時間の経つのも忘れてしまった感覚で、気がついたら終電間際であった。帰りの電車の中からの絵文字付きの携帯メールで、「来年も必ずプチ同窓会で会いましょう。」と大学生のノリで確認しあって、何とも惜しい気がしたが完全にお開きになった。その時には既に日付が変わっていた。
我々同級生のように40代前半になると、社会的な立場や家庭での立場があり、結構がんじがらめでストレスを抱えていたりする。それがこのプチ同窓会によって、大学時代にタイムスリップしたりできて、気持ちのリフレッシュになる。気分的にも充電ができて、「本当に元気をもらえた。」と感じる同級生も多い。
大学時代にタイムスリップすることにより、その当時の1学生としてどんな授業を望んでいたか、どんな研究活動を望んでいたか、すばらしかったことは、直すべきだと思ったことは、と考えていけば方向性は見えてくるのではないだろうかと、堤くん、水口くん、田熊一敞くん<薬物治療学(複合)>に、まさに言いたい放題で、檄を飛ばさせてもらった。我々的には、この「プチ同窓会」も大いに役立つのではないだろうかと期待しているのだが。。。。いずれにせよ、我々同級生は、これからも阪大薬を全力で応援するつもりである。敢えて強い言葉を用いたのは、残念ながら欠席した山口進康くん<衛生・微生物学(衛生)>を含め、母校に残るメンバーへの我々同級生、同志への熱いメッセージであり、いつまでも一緒に歩もうと想う、強い気持ちでもある。一緒に歩み続け、羽ばたきたい。なお、大学時代にタイムスリップした同級生たちの写真を示す。
(文責 39期生プチ同窓会出席メンバー)
(本文は薬友会だより第15号の再掲載です)
2011年11月20日 松本光雄先生の傘寿を祝う会(あおき会)が開催されました

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2011年11月20日、薬剤学研究室の同窓会(あおき会)で松本光雄先生(2期・あおき会会長・昭和薬科大学名誉教授)の傘寿のお祝いを大阪ガーデンパレスで開催いたしました。
眞弓忠範先生(12期・3代目教授・大阪大学名誉教授)、澤井弘行先生(11期・沢井製薬株式会社 代表取締役会長)からお祝いの言葉をいただきました。歓談後、傘寿のお祝い品として、先生のお好きなお酒が贈られました。1951年の赤ワイン(60年もの)と1991年の白ワイン(20年もの)で、①60+20=80、②「紅白」でおめでたい、というダブルミーニングとなります。
小生(38期)は、博士修了後、当時、松本光雄先生が主宰されていた昭和薬科大学薬剤学研究室に助手として採用して頂き、先生が停年されるまでの5年間、先生の元で従事させていただきました。その時のエピソードとして、松本先生はいつもお洒落なネクタイ、びしっとしたスーツ姿で講義されることや、試験監督中はずっと立って監督され、一度もお座りになられないことなどを披露させていただきました。今もお洒落なネクタイ、びしっとしたスーツで元気でいらっしゃる姿は全くお変わりありません。その後、同窓生からの異動報告や、現役学生の自己紹介がありました。同窓生は様々な分野で活躍しており、あおき会で同期生のみならず先輩、後輩が定期的に顔を合わせ、親交を深めることができるすばらしさを感じました。またあおき会の絆の太さも再確認いたしました。
松本先生にはいつまでもお元気でお過ごしいただき、この先、米寿(88歳)、白寿(99歳)もあおき会でお祝いしたいと思います。
(38期生 宇都口直樹)
(本文は薬友会だより第15号の再掲載です。)
2011年11月12日 17期万葉旅行の会 大和三山に登る

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香具山は 畝傍ををしと 耳成と 相争ひき 神代より かくあるらし…(巻1-13)
中大兄皇子の歌によまれた三つの山に登った。三山合計の高さは五百メートルで、橿原市の標高を考えれば、僅に三百メートルほどの登り道ではあるが、それぞれに特徴があって面白い山行を楽しむことができた。また都合20箇所の万葉故地と碑を訪ね、所縁の歌を鑑賞した。
犬養先生は次のような文章を残しておられる。
「畝傍山の東方、近鉄畝傍御陵前の駅のすぐ西北の大久保というところに、昭和三十年代までは、櫻児のおとめ塚というものがあった。畑の中に、直径一メートル半位、高さ九十センチほどの、小高い土盛りを残していた。そこだけは草がほうぼうにのびていて、おりから畑で働いている人は「ここは、馬も遠慮してここの草だけはたべようとしない」といっていた。こういうところこそ後代にのこしてほしいと思って、「大事にしてくださいね」「はい、もちろんです」…文化都市といわれる橿原市に、いま形をのこしているうちに何とかしてほしい旨、度々お願いしたが…」
一番左の写真は、塚の現況(橿原市が買い上げて公民館としている)。2番目は昭和54年に建立された歌碑。碑には櫻児に求婚した男の歌(春さらば かざしにせむと 我が思ひし 櫻の花は 散り行けるかも 巻16-3786)が刻まれている。かろうじて残った塚に安堵する先生のお顔が浮ぶ。
3番目の写真は藤原京跡に置かれた犬養先生揮毫碑(春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山 巻1-28)。建立から35年を経て柳の幹は大きくなった。まるで犬養先生の万葉への思いを守っているようであった。
最後の写真は参加した十名(耳成山の麓)。傍らのベンチで休んでおられた八十歳くらいの方にお願いしてシャッターを押してもらった。「シャッターを押すのは何年ぶりかな…」とはにかむ姿に万葉人のような温かさを感じた。一番背の高い仲間の頭が枠外にはみ出しているのがご愛嬌。
(西村和夫)

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2011年11月6日 濱 堯夫先生の傘寿を祝う会が開催されました

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2011年11月6日、濱堯夫先生(2期)の傘寿を祝う会(大阪大学薬学部 微生物薬品化学教室、神戸学院大学 栄養学部 栄養化学教室および神戸学院大学 薬学部 第七研究室共催)が、先生が学長を2期(6年間)務められた神戸学院大学のレストラン「ジョリポー」で開催されました。
先生のお人柄を慕い、100名を超える門下生が集まり、大阪大谷大学薬学部長 田中慶一先生(13期)の司会のもと、真弓忠範先生(12期)並びに3教室の代表(山元弘(18期)、玉木七八(13期)、中川晋作の3先生)による挨拶をもって、お祝いの会が始まりました。門下生代表による挨拶、また歓談の時間には、皆が少しでも先生とお話をするべく、先生と奥様のテーブルに長い列を作りました。皆で先生の80歳の誕生日を祝うとともに、同窓生達と懐かしい思い出話に花を咲かせているうちに、あっという間に3時間が経過しました。式の後半、司会を交代した中川晋作先生による祝電の披露の後、先生と奥様に記念品と花束を贈呈。最後に、濱先生の多くの思い出を盛り込んだお話を伺って、盛会のうちに閉会となりました。
先生、いつまでもお元気で。再会を楽しみにしています。
(22期生 河合裕一)
(本文は薬友会だより第15号の再掲載です。)
2011年10月15日 16期同窓会開催

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16期は昨年10月15日サウスゲートビル「ロドス」にてクラス会を行いました。参加者は20名。
集合写真の(最下段) 前列左より、山田、柴地、岩田、岡上、又野、八田、山中すみへ、(中段) 米虫、森本、原田、青山、橘和、小野、山中、(上段) 大藪、相坂、真野、岡本、木島、北中
また、16期は毎年17期と合同で東京同窓会を行っています。昨年10月1日「メソン・セルバンテス」(麹町)で行いました。参加者は11名で、16期は恩地、大江、久岡、山中、山中すみへ、17期からは中西、藤井、阿部、奥本、遠藤、北村でした。
(本文は薬友会だより第15号の再掲載です)
2011年10月1日 薬学部16期17期合同 東京地区同窓会開催

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東京地区の16期と17期は以前から毎年、合同で同窓会を開催してきています。対象会員37人で、通常は15人以上の参加があります。
これまでは現役の人も多かったこともあり、平日の午後に開催してきましたが、今年は初めての試みとして、土曜日のお昼に開催して、市ヶ谷のスペイン政府の文化センターの中の「メソン・セルバンテス」にてスペイン料理とワインを楽しみました。残念ながら日程の都合の悪い方が多く、11名の参加にとどまりましたが、少人数だけに顔なじみの出席者の近況報告では、恒例の孫と健康の話以外に仲間の消息や、薬業界、薬学会の近況へと、話題がとどまることがありませんでした。これからも毎年の開催が続けられることを願っております。参加者は11名で16期は恩地、大江、久岡、山中、山中すみへ,17期からは藤井(敏)、阿部、奥本、遠藤、北村、中西でした。
(集合写真には11人中10人が写っています)
(中西俊秀)
2011年8月13日 45期同窓会開催

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昨年の8月13日土曜日、西梅田の居酒屋で大阪大学薬学部45期生の同窓会を行いました(幹事:冨永、新谷)。国内外でいろいろなことが起きた2011年。このような時こそ同期の親交を確認し、深めあう必要があるのでは?ということで突然の日程調整になりましたが、男女14名ずつ、計28名にご出席をいただきまして旧交を温めることができました(日程が合わず不参加となってしまいました方々には大変申し訳ありませんでした)。
卒業して10数年、結婚に出産、転職や留学などのライフイベントをこなしたorこなしつつある年代ですが、容姿も体調もまだまだ20代と思うほど!?貸切の店内では、美味しい料理もほどほどに、昔話はもちろんのこと、それぞれの近況報告にも花が咲きました。本会をきっかけに新たな交流が始まったという話も耳にしております。まさに昨年を表す漢字、「絆」を感じることができた会になったのではないかと思います。
なお今回、幹事の不手際で連絡が届かなかった同級生もいらっしゃるかと思います。ここにお詫びを申し上げると共に、本記事を御覧になった45期の同級生方は是非とも私宛(shintani◎phs.osaka-u.ac.jp)にご連絡をお願いします(facebookで探して頂いても結構です)。次回は人数・日程ともにもう少し頑張ってみます。皆で盛り上がりましょう!
(新谷 紀人)
(本文は薬友会だより第15号の再掲載です)
2011年6月30日 十二期・古希の同窓会 開催

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今回の十二期同窓会は、古希を迎えた記念として、我々の原点に戻るという意味で母校を訪ねました。前日の6月30日(木)に南千里のホテルに集い、逝去者に黙祷を捧げた後、歓談・笑いの中にエネルギー溢れる病気自慢に花が咲き、カラオケでは思いもかけず芸達者が多数居ることが判明しました。
7月1日(金)は朝から吹田キャンパス薬学研究科を訪ねました。現役教授の中川晋作先生による阪大発展の歴史、薬学部の変遷、薬学6年制などについてパンフレットやビデオ、スライドを交えた講義を受けました。ほぼ50年振りの大学での講義は蛍池の古い学舎での日々を思い出し、懐かしく、最近の阪大の勉学環境の充実振りに感心したり、うらやましく思ったり、滅多にない経験でありました。中川教授の話が非常に素晴らしく「大学でこんな楽しい有意義な講義を受けたの初めてヤ」との発言まで飛び出しました。十二期生は製薬企業・病院・薬局・大学など様々な職種に就いていましたが、そのそれぞれの立場から薬学6年制問題に対する意見が飛び交い、時間が経つのも忘れて熱い議論が交わされました。阪大生協から運んで頂いた美味しいサービス満点の遅い昼食をとり解散しましたが、その後、緑多く整えられた豊中キャンパスを訪れた方々もあり、原点を大いに満喫しました。
十二期生は逝去者4名を含めて総数55名で、そのうち25名から出席との返事を頂きましたが、直前に体調不良、介護などの事情があり、実際の参加者は23名でした。東日本大震災で影響を受けた方々も「関西へ元気をもらいに来た」と参加してくれました。今回出席が叶わなかった人々にも、出席者の笑顔の写真と最新の住所録を届けました。 次回(2年後)の幹事は長峯、魚森、服部の三氏に決まり「楽しみに元気に過ごそう」を合い言葉に解散しました。
最後になりましたが、薬学研究科・中川晋作教授ならびに阪大生協・山本敬二様に厚く御礼を申し上げる次第です。
(眞弓忠範・邦子)
2011年5月29日 北川 勲先生の傘寿を祝う会(どんぐりの会)が開催されました

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2011年5月29日 北川先生のお誕生日の丁度その日、北川先生の傘寿を祝う会が千里阪急ホテルで開催されました。台風2号の近づく雨、風にも負けず80名を超える人が参加され、藤岡弘道先生の司会で、楽しいひと時を過ごすことができました。このホテルは17年前に先生の退官パーティが開催された懐かしいホテルです。 いろんな世代の人のスピーチでは、どなたも先生の①ヘマをしたことや奥さんの旧姓までしっかり覚えていらっしゃる記憶力の良さ、②論理的に考えること、③スライドの作成、発表の仕方などの厳しい指導、④お電話をよくかけられることなど、小林資正先生が学会発表の時のように3分の時間を区切ってベルをならされていましたが、みんな喋ることがたくさんあって時間オーバーする人ばかりでした。歓談の時間には先生とお話をしようと列を作って並んで順番を待っているのは、先生の厳しくても優しいお人柄だと改めて思いました。私も順番に並んで上司の故明渡 均先生(北川先生と同級生)とのジンセノサイドのがんの浸潤、転移の抑制の共同研究の話など懐かしい思い出をお話させていただきました。 先生の80歳のお誕生日をお祝いするとともに同窓生との交流を深めることができ、あっという間の楽しい3時間でした。黒々とした髪の毛をお持ちの北川先生いつまでもお元気でお過ごし下さい。またの機会を楽しみにしております。(18期生 向井睦子)

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2011年5月28日 19期生同窓会開催

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5月28日(土),季節外れの台風の影響による雨の中,神戸のポートピアホテルで開催されました(幹事:北瀬,吉岡,英保,藤田)。入学時話題に なった全員女子の薬学科は毎年集まっているようで驚きですが,全体で集まるのは3年ぶりです。還暦をとうに過ぎている年齢ですが,中には田植え で,また震災関連で,など結構多忙な方が多く,やや少なめの参加者(33名)でありました。出席者は総じて元気で,活発に多方面で活動しているよ うですが,孫の話で盛り上がったかと思えば,連れ合いを亡くした方もあり,様々な人生模様をうかがい知ることができました。次回(3年後)の幹事 (西出,宮地,東,廣井)を決めた後,恒例の栗本氏による手品で締めくくりましたが,毎回腕を上げているのには感心しました。記念撮影の後,2次会へ。
(田中徹明)
2011年4月7日 18期生同窓会開催

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桜が咲き今年も皆さん方のご協力のもと無事同窓会を開催することができました。幹事役として感謝に堪えません。参加者の皆さんありがとうございました。
開催期日は4月17日(日)に決めていました。開催日の約一か月前3月11日に東日本大震災が発生し、日本中なんでも自粛ムードが蔓延し開催を中止しようかとも思った時期がありましたが、某知事の花見なんてと言う発言を聞き『それならやろう』と決心がつきました。
毎回冒頭に参加者から講師を選び話して頂くのですが、『新設薬学部が増え薬剤師不足を解消できると思ったら、想定外の事態で受験生が定員を大きく割り込むこととなり、教育現場はどうなっているのですか』と言う素朴な疑問に山元阪大名誉教授に池上彰さん以上に明快に解説して頂きました。
6年制になったことと私立薬学部が29校から57校に増えたことで受験生数が減少し、それによって学力低下しているようです。しかし新しい教育制度のもとで、学生たちは一所懸命に頑張っているのも事実だそうです。『大きな制度改革』は最初から上手く行く筈がなく『10年間は時間を下さい』と言うのが結論でした。山元先生始め教育に携わる方々のなお一層のご努力を期待します。山元先生ありがとうございました。
同窓会では具体的な震災復興策の話題はありませんでしたが、同窓生の子供さんで被災地の人々のために組織を立ち上げた人があります。ご紹介します。
3月22日 静岡のてんかん・神経医療センターにご勤務の小出泰道先生が東北の被害者のためにてんかん相談ホットライン(Tel:054-245-5446)http://www.shizuokamind.org/patient.htmlを立ち上げられました。現地に入られ必要な人に情報が伝わらないというもどかしさを痛切に感じられたそうです。関連の情報をお持ちの方は是非ご活用ください。
神戸の復興も大変だったと思いますが、東日本はそれ以上に大変だと思います。復興までは長い時間が掛かりますので、あわてず出来る範囲で継続的に支援していきたいと考えています。当面は名古屋を含め西日本は従来通りの生活をしていくのが最も自然体で長続きする支援だとも思います。
(北川 善啓)
2010年11月5日 薬学部9期生同窓会が開催されました

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先日、9期生同窓会が開催され、1年ぶりに楽しい時を過ごしましたのでご報告いたします。
第1日目は、11月5日(金)午後1時に、大阪大学中之島センターの交流サロンに集まりました。同窓生48名のうち25名の出席を得ました(男性16名、女性9名)。
恒例の近況報告では、それぞれが有意義な日々を送られていることが聞けて各々の参考になったと思います。この同窓会を始めた当初は、健康問題への言及が多かったと思いますが、歳を経るごとに徐々に減ってきて、逆に前向きの話題が増えてきたのは誠に嬉しいかぎりです。来年は、卒業以来丁度50年となりますので、記念に関東と関西の中間辺りへ1泊旅行をと話が盛り上がり、幹事も決まりました。
2次会は堂島の”The Rose & Crown”でした。ロンドンパブの雰囲気を持つちょっとしゃれた店です。参加19名が入るには少し狭い部屋でしたが、それだけにお互い肩が触れ合う距離で、より親しい話題に花が咲きました。2時間の予定でしたが話がつきず、散会したのは7時近くにもなっていました。
翌6日は薬学部を見学させていただきました。参加者10名、藤岡弘道教授に組織の概要を教えていただきました。休日なのに出てきていただいた藤岡教授に感謝いたします。話題の中では、特に6年制移行問題が興味の的でした。学内見学では特に、食堂前の卓球台やテニスコートに興味がいったのは、反応実験の合間を縫ってもっぱら卓球やテニスに勤しんだ元悪ガキとしては致し方ないことでしょう。学部訪問の後は、民博内のレストランで昼食後、万博公園内の日本庭園を散策しました。紅葉はし始めでしたが、それはそれなりの風情があり、十分楽しめた時間でした。年に何回か開催される同窓会やOB会に参加することは、我々70台以降の者にとっては生活のリズムを作る大切なイベントですから、今後も続けられる限り開催されんことを願っております。
(22年度幹事 花篤正篤)
2010年10月16日 16期生同窓会開催

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16期は2010年10月16日アクティ大阪「ロドス」にてクラス会を行いました。参加者は15名で集合写真にはそのうち13名が写っています。
写真は、前列左より山中、辻(植岡)、山中(中山)、青山(堀)、八田(栄)、鶴田、後列、米虫(藤田)、岡上(谷口)、雑喉(藤田)原田、西條、真野、大藪(敬称略)
 (原田昌弘)
2010年9月4日 製薬化学科27期生同窓会開催

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昨年(2010年)9月4日土曜日17時より、鎌田愛子幹事(大阪歯科大学、生化学講座准教授)、池渕佐知子幹事(吹田市議会議員)のお世話により、大阪歯科大学天満橋付属病院プラザ 14 にて、大阪大学薬学部製薬化学科 第27期同窓会が開催されました。ご多忙な中、計13名の方にお集まり頂きましたが、中には遠方から駆けつけてくださった方も少なくなく、30年少し前の思い出話や、大阪大学薬学研究科の現状など、楽しく語り合うことが出来ました。同窓会は、次回(2-3年後)の幹事、名簿担当を決定し、名残惜しく解散しました。筆者も次期担当の一人ですので、是非次回も楽しい同窓会にするよう尽力させて頂く所存です。
(高木達也)
2010年4月10日 薬学部20期『あら還』同窓会

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晴天に恵まれ、2010年4月10日(土)、ホテル阪急インターナショナルにて、九州、山陽、四国、関東、北海道の遠方も含め総勢45名(56%)の方が参加されました。久し振りの再会でお喋りの華が咲き、あっという間に3時間が過ぎ、皆で記念撮影の時間となってしまいました。前回の同窓会からは12年振り、卒業以来3回目の開催ですが、会った途端に「二十歳の青春」に戻ることが出来ました。 米田幸雄氏(金沢大学教授)が開会の挨拶を、幹事一同(米田幸雄、重内(松木)良子、掛樋(吉岡)敬子、大塚(竹中)章子、大垣(松川)寿美子、山村(西尾)倫子)の発声で乾杯し、幹事の名調子の司会のもと、参加者ひとりひとりが壇上で個性豊かに近況報告をしながらテーブルでの美味しいお料理と会話を楽しみました。
開催直前に、中塩哲士氏(前北海道大学教授)の訃報を奥様より、さらに、藤田加代子様の9年前のご他界をご主人様からの返信により知り、参加者一同で心よりの黙祷を捧げました。
次回は3年後の開催と決まりましたが、皆様との再会と歓談を心より楽しみにしております。
(山村 倫子(西尾))
(薬友会だより第13号の再掲載。同誌にはほかに5件の同窓会報告がありますのでご覧下さい)
投稿規定
1. 投稿原稿は 会員相互の親睦並びに知識の向上を図り、
薬友会の発展に役立つことの目的にかなう内容でお願いします。
2. 原稿の字数は800字までとさせていただきます。
  ※字数とは別に標題、投稿者名をお書き下さい。
3. メールによる投稿を原則とさせていただきます。
4. 写真がある場合は 添付ファイルにてお送り下さい。

附則
1. メールによる投稿ができない場合は手書きの原稿を郵便等でお送りください。
2. 写真を添付する場合はネガではなく紙焼きを添付して下さい。
3. 添付された写真などを含む原稿は返却いたしませんのでご了承下さい。

送付先
大阪大学薬友会
E-mail: yakuyukai◎phs.osaka-u.ac.jp
(◎を@に変えて送信して下さい)
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1-6 大阪大学薬学部内